最近、町を歩いているとスポーツウェア姿でランニングをされてる男性、女性をよく見かけます。
ダイエットのためにそうされてる方もいるのかもしれません。部活の練習の一環として走ってる若い方もいるのかもしれません。そして体力の低下から、体力向上のためランニングをされてる方もいると思います。好きでしている訳ではなく、やらなければその先に進めない、だから走る。

私は学生時代、バスケットボールをしていました。友人に誘われてなんとなく始めた初めての部活です。体験入部を経て、放課後、先輩たちと混じって練習を始めて愕然としました。自分の体力の無さにです。うちの中学のバスケットチームは弱小でしたが、それでも三年間、ついぞレギュラーにはなれませんでした。身長が低い事はあまり関係が無かったと思います。身体能力の無さ、そして何より基礎体力がまるでありませんでした。負け試合の最後の数分、お情けでコートに出た事が数回あるだけの三年間でした。試合はもう仕方がありません。ですが、日々の練習に先輩や同期についていけない事が本当に辛かったです。入部して三か月ほどして、家の近くの堤防を毎朝、走るようになりました。練習についていくためにです。体力をつけるためにです。
最初は多分、200メーターも走ると息が出て走れませんでした。ですからはじめはペースを落として、ウォーキングより少し速く歩く事から始めました。そうこうしている内に、少しずつ安定したペースで走れるようになっていけるようになりました。そうしていく内に気付いた事がありました。自分は長距離に向いてる体質なんだと。
人にはそれぞれ特性があり、何か一つに特化した分野があるのだと思います。体育の時間、短距離走は本当に遅い自分でしたが、朝、走り始めて一年も経つと学年でも、こと持久走に関してはそれなりに上のポジションにいけました。バスケットボールの練習にもなんとかついていく事ができるようになっていけたのも、朝のランニング、また基礎トレーニングの継続をしていたからだと思います。それでも、先に言った通り三年間、補欠のままではありましたが。

日々を暮らしていくのに、何はなくともまずは体力の保持が必須の事と思います。体力があってこそ気力も維持できる事を自分は身をもって知ってます。ランニングは一番、お金のかからない有酸素運動です。安定した呼吸をしながら有酸素運動をし、開始から約20分後より体内の脂肪が燃焼していくそうです。続けていく事で体力も身につき、そして気力も身につきます。最近はまるで走る事のない自堕落な生活をしていますが、街で見かけるランニングをしてる方を見ると自分もまた走ってみようか?そう思う事があります。人が何かを始めるのはその先にある結果を得るためだと思います。学生時代の自分がバスケの練習に他のメンバーについていくために走り始めたようにです。目的あってこそ何かに取り組む。それは何かしらの見えない微細な物から身を守るために走ってる方も、またいるのかもしれません。得るものは体力であり健康であり、また日々の生活その物のために人はあえて辛い事に自らの意思で行う事を選択する。自らが欲する、かかげた目標であり目的を得るために。でないとやはり走る事はとてもしんどい事ですから、なんの見返りもなくそれをしようとはしないと思います。
ランニングに限らず、他のどのような事にも、まずは先の指針である目標がありそれを得るために、努力を継続させ自信を研磨し欲する物を得るのではないでしょうか。
ランニングという名称に問わず、人は生まれた事をスタートに走り続けていく存在だとしたならば、ゴールは未だ見えない自分ですが、自分の出来る範囲でのペースで走る事を続けていこうと思います。